1960年アメリカ合衆国大統領選挙 thumbジョン・F・ケネディ thumb 1960年アメリカ合衆国大統領選挙(1960ねんアメリカがっしゅうこくだいとうりょうせんきょ、英ドワイト・D・アイゼンハワーの2期目の終わりを告げるものになった。アイゼンハワー政権の副大統領リチャード・ニクソンがその職を国政を見るものに変えて、共和党の大統領候補になった。民主党はマサチューセッツ州選出の上院議員ジョン・F・ケネディを候補に指名した。ケネディは大政党の候補者としては2人目のカトリック教徒だった(1人目は1928年民主党のアル・スミス)。選挙運動期間中、ケネディは、アイゼンハワーと共和党の下でアメリカは軍事的にも経済的にも冷戦中のソビエト連邦に遅れを取っていると批判し、大統領になれば「アメリカを再度始動させる」と主張した。ニクソンはこれに応えて、もし当選すれば、アイゼンハワーがこの国にもたらした「平和と繁栄」を継承し、アメリカが冷戦に対応するためにはケネディでは若すぎて経験不足であり大統領を任せられないと主張した。選挙人選挙では1916年以来となる接戦となり、一般投票でもケネディとニクソンの得票率差はアメリカの大統領選挙史の中で最小となった。この1960年選挙は、何人かの歴史家の間で特定の州における選挙違反がケネデ 1960年アメリカ合衆国大統領選挙
1972年アメリカ合衆国大統領選挙 thumbリチャード・ニクソン thumb 1972年アメリカ合衆国大統領選挙(1972ねんアメリカがっしゅうこくだいとうりょうせんきょ、英ベトナム戦争という問題の中で行われた。民主党の指名は最終的にジョージ・マクガヴァンが勝ち取り、現職大統領リチャード・ニクソンに対抗して反戦運動を展開したが、部外者という立場にあることや、スキャンダルとそれに続く副大統領候補トマス・イーグルトンのクビという不利な条件を負った。ニクソンはその政策故にベトナム戦争は直ぐにも休戦になると宣言し、マクガヴァンを過激派候補と揶揄した。投票は1972年11月7日に行われ、ニクソンは一般選挙の得票率で23.2%という大差を付け、大統領選挙の歴史の中でも4番目に大きな差で圧勝した。 1972年アメリカ合衆国大統領選挙